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いけ花の標

男子たるもの花のひとつもいけられずにどうする!

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 彦根市 2021年12月29日更新

 11月14日の日曜日、彦根の護国神社で華道翠香流いけ花展が開かれていた。華道、茶道、書道など「道」とつくものは、僕の人生には無縁だと思っていた。今まで誘われても別世界のことと足を運ぶことはなかった。

心を花に託す

 華道翠香流は昭和24年、彦根で誕生した流派である。創始者は竹中翠香(竹中義一)。大正期に指尊者としても高く評価され、自由ないけ方ながらも、作者の心を花に託す「心を育てるいけばな」を模索し確立した人物である。いけ花を教えていた一人に、彦根藩第16代当主井伊直愛夫人の文子さんがいる。文子さんは琉球王国最後の国王・尚泰の曾孫にあたる。翠香流は、御代昌孝さんが3世翠香を襲名、現在、次女の御代翠萠さんが4世家元を継承している。新春の彦根城を飾る「大作花」は翠香流の献花奉仕だ。

男子たるもの……

 いけ花展の少し前、小島誠司さんと出会った。交流のある数少ない後輩である。翠香流の男子部でいけ花を習っているという。
 「男子たるもの、いけ花のひとつもいけられずにどうする、と3世翠香家元に言葉をかけられ始めた」
 僕の質問を予期するように、澱みなく回答し、最後に「いけ花を習いはじめて、世界の見え方が変わりました。花の名前も覚えられます。護国神社でいけ花展がありますから時間があれば観に来てください」と付け加えた。
 僕は単純である。「男子たるもの……どうする」と問われれば、「そりゃ、できんとあかんやろ」と思う。
 いけ花展の会場は、花や葉の香りが層を成して漂っていた。人が動くと層がズレるのだろう……。花器の木や花や草木を楽しむ知識はなかったので、空気の帯を追いかけていた。
 小島さんがいろいろと説明してくれた。そして、最後に「男子部でいけ花しませんか」と誘われた。ツボを心得ている。
 男子たるもの……。僕は生涯ではじめて、花器に花をいけることになった。

人生初のいけ花

 予想はしていたが、いけ花の礼儀作法があり、基本がある。翠萠家元に教えていただいた。おそらく心を表す基礎である。僕は体験入部だったので、ずいぶんと端折ってくださったに違いない。
 努力しがんばり続けていれば成果が目に見えた時代は遠く、最近は褒められる喜びも忘れていたが、男子部は楽しい時間だった。僕は、完成形(目標)をイメージしてそこに向かって積み上げるのは苦手だ。途上でいくつも道がわかれて、辿り着く先は似て非なるものになっている。ただ、いけ花は道草の過程を見ることができるところがよい。そして、家元のちょっとした指導で、あるいは少し触れられると、なるほどと道筋が見え、整うところに驚く。
 花鋏が上手く使えず、薬指に血豆をつくる始末だから、いけ終わるまでに2時間ちかくかかった。自然を映す、自由に心を花に託す……。そんなことはできるはずもなく、はじめてのいけ花が目の前にあった。男子部には、また行きたいと思う。       

小太郎

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