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雪と欠けたままの記憶

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 2020年1月29日更新

 この冬、僕の住む町には雪が降っていない。花のように風に舞う雪よりも、真っ直ぐにさらさら落ちてくる雪の方がいい、などと考えていると、子どもの頃の記憶がよみがえってくる。詳細なものではない。場面が浮かぶだけで、色彩もあるのかどうかも曖昧だ。
 朝の水が冷たいので顔を洗うのが億劫だった。温水を自在に使うことができる時代だが、朝は冷水でなくては……。雪のことを考えていた。僕が、独りで顔を洗うことができるようになったのは何時だったか、初めて歯ブラシを使ったのは……。僕の初めてを聞こうにも母は亡くなったので知る術もない。色彩があるのかどうかわからない場面は、つぎつぎに浮かんでくるが、初めてのことには至らない。
 僕は木製のミカン箱か何かの上に乗っていて、台所のタイルの水槽と蛇口と洗面器、タイルは長方形、蛇口からは水は出ていない。そういう場面が浮かぶだけで顔を洗うという行為には繫がらない。いくつもの断片を繋ぎ合わせ、欠落した部分を計算で補うAIのようにはいかない。
 今年はまだ雪を見ていない。人は欠落した部分を思い込みで補ってはならない(AIのように計算してはならない)。欠けたままであることが大切なこともある。
 僕はこのままだけど、皆さま、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

小太郎

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