山内さんの愛おしいもの・コト・昔語り「ひとつぼ喰い」

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 長浜市 2019年6月11日更新

 ご縁があって、長浜市木之本町古橋にお住まいの山内喜平さん(91)和子さん(91)ご夫妻にお会いしてお話を聞き色々教わっている。ふと耳にする山内さんのお話が面白い。「愛おしいもの・コト・昔語り」は、私が聞いた中でもこれはと思った、或いは伝えておきたい山内さんの記憶である。今回は、「ひとつぼ喰い」。
 赤飯などが盛られた膳を前に、おじいちゃんが孫に何かを食べさせようしている古い写真。喜平さんは「これはひとつぼ喰いの写真やな」。古橋では「お食い初め」を「ひとつぼ(ひとつぶ)喰い」と呼ぶそうだ。和子さんは「古橋の風習というよりも、個人的にすることなので、他所のおうちがどんなふうにされているかはわかりませんが……」と前置きをして、一般的にいわれているように「一生食べ物に困らないようにという願いを込めて行ったこと」、「意思の強い子に育つよう、また丈夫な歯が生えるようにと歯固め石も膳に揃えました」などと思い出してくださった。
 歯固め石は、氏神さんである与志漏神社境内の石を借りてきたそうで、「玉垣の中の石を借りに行き、終わったら返しにいきました」と喜平さん。もちろん返す際にはお礼も添えて……である。
 与志漏神社の石は、その後息子さん、お孫さん、遠方に暮らす甥、姪さんらの「ひとつぼ喰い」にも使われたそう。「特別なご利益でもあるのですか?」と尋ねると「そんな話は聞いていません」と言いながらも、「30年近く前、神社にある堂の当番をしていた時、古橋の人ではない女の人が、『子どもの受験にあたり、この神社でお祈りをして、お守り代わりに石をお借りしました。無事、合格しましたので石を返しに来ました』と金一封と一緒に石を私に預けやはったことがありました」と思い出してくださった。喜平さんの記憶力にはいつも驚かされるが、神社の石をお守りにするのもありかも……と思う。ただの石ころも神社にあると特別な石に思えるのはなんだか理解できる。
 喜平さんは「ひとつぼ喰いに使う箸は、南天の木で私が作りましたんや」と話し始める。難を転じるのごろ合わせから南天の木で箸をと考え、太い南天がある家に目星を付けておき、もらいに行って作られたそうだが、いつから目星をつけておられたのか……。「お父さんは、いろんな風習をきちんとしたい性やさかい」と和子さんは微笑まれたが、きちんとするためには事前の準備が大切で、父になるとわかったころからあれもこれもとお考えになっていたのだろうと、若かりし頃の喜平さんを想像してみる。

 和子さんは、古い写真の膳を指さして、「お嫁に来たとき、おじいさんとお父さんは高膳、おばあさんと私、弟さんらは低い膳で食事をとりました。おじいさんのこのお膳、長いことつこうていたさかい、茶碗を置く場所の塗が剥げてますね」と懐かしそう。和子さんの生家は丸いちゃぶ台で食事をされていたそうで、嫁いでから膳で食事をすると知り驚かれたそうだが、「私のための新しい膳をちゃんと準備しておいてくれやーりました」とか「食事が済むと、膳棚へかたずけるんです」とか、もっともっと聞いてみたいお話が……。
 時代は過ぎ、お孫さんの「ひとつぼ喰い」の写真も見せてくださった。立派な膳とは別に三方に石が置かれている。
「息子夫婦は二人とも働いていますので、お父さんと二人で一生懸命孫育てしたもんです」と和子さん。七夕、お月見、クリスマス、たくさんの写真が残されている。

光流

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