くくり猿と厄除け!!

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 彦根市 2019年4月5日更新

 2年ほど前になる。宗安寺(彦根市本町)の厄除庚申尊について書いた。
 「庚申尊は青面金剛という仏教の守護神で、江戸時代、庚申の夜に青面金剛神をまつって徹夜する庚申待が盛んに行われたので、庚申さまという。
 宗安寺の庚申尊は、元文5年(1740)尾張東照宮別当の導師により開眼され、彦根寶珠院に安置されていたが、明治維新の神仏分離政策で、寶珠院は廃寺となり秘仏として宗安寺が預かった。厄除けの神様として拝まれている」。
 宗安寺を訪れると、何かしら新しい発見がある。3月に入ってから「厄除猿」が姿を現した。くくり猿に願いを書いて吊す(500円)。願いがすぐに浮かばなかったので、買って持って帰ってきた。宗安寺の「くくり猿」はまだ始まったばかりのようで、吊された猿は数えるほどだ。これから春の観光シーズンにはその数はどんどん増えるだろう。今のうちにいち早く願い事をし、厄を払っておこうと思う。
 ところで、日下部鳴鶴は、明治の三筆と呼ばれ、「日本近代書道の父」と評される人物だ。
鳴鶴ほど多くの書を残した人物はいないといわれる。揮毫した石碑だけでも千基を数える。旅好きで、気に入った場所には長く逗留し、郷里の彦根へは旅の途中で立ち寄るといった具合だ。
 宗安寺には「淡泊明志」(淡泊は心がさっぱりしていること、明志は正しい志をはっきりともつ意)の行書大扁額がある。彦根庚申倶楽部の人達の依頼を受けて、鳴鶴が亡くなる前年の大正10年、84歳で揮毫したものである。宗安寺の庚申信仰が盛んだったことがこの扁額からわかる。

 そもそも庚申信仰というのは、道教で、庚申の夜、人が眠っている間に、体内に住む三尸虫(さんしちゅう)が天に上ってその人の罪過を報告、天帝は報告によってその人の寿命を縮めるという。これを防ぐため庚申の夜は三尸虫が出ないよう一晩夜明かしをするというものである。そして、青面金剛明王は、日本の民間信仰の庚申信仰の中で祀られた尊像で、三尸虫を喰らう守護仏とされる。宗安寺の青面金剛明王は、霊験あらたかだったに違いない。
 何故、「くくり猿」なのか……。庚申(かのえさる・こうしん)の「申」から「猿」が青面金剛明王の使いとされたという説が理解しやすい。そして猿は「去る」に通じ「厄を去る」と、厄除けの神様として拝まれることになる。「魔去る」、或いは「勝る」にも通じる。昔の人が何を庚申尊に祈り、猿に託したかわかるような気がする。三猿(見ざる・言わざる・聞かざる)は、三尸虫に「見なかったことに、言わなかったことに、聞かなかったことに」して欲しいと願いを猿に託した姿だ。
 青面金剛明王に何を願うか……。厄除けなのか、大願成就か、悩んでいる。

小太郎

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