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淡海の妖怪

おはま狐

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 余呉町 2009年10月11日更新

余呉町中之郷と東野の境に「おはま狐」の伝承が今も語り継がれている。
 『かつてこの付近に、地元の人々が「さみや辻」と呼んでいる場所があった。何本もの道が交差しているのだが、普段から人通りは少なく、寂しい場所だったそうだ。そのさみや辻に、いつ頃からか母狐と子狐が住み着き、仲睦まじい姿を見せながら辻を見守るようになった。地元の人は母親を「おはま狐」と名付け、油揚げや魚を投げ与えたりしていたという。
 やがて、子狐は大きくなったが、子どもの頃から人に慣れすぎたことが災いし、悪い猟師が仕掛けた罠に捕まってしまった。「おはま狐」は幾日も必死になって子狐を探したが、あとの祭り。次第に「おはま狐」は正気を失っていった。以来、さみや辻を子連れで通りかかる人の後を悲しい声で鳴きながら「わが子を返せ」とつけまわすようになった。
 村の人が哀れに思いながら「これは俺の子だ。お前の子は悪い猟師に捕まったのだよ」と諭すと、また悲しい声で鳴きながら、辻の籔へ帰っていく。何度もそれが繰り返されたが、やがて「おはま狐」の姿もさみや辻から消えてしまったそうだ。』
 この後、誰かに狐の罰が当たったとか、村人によって祀られたなどといったことはない。とにかく、物語はせつない余韻を漂わせ、ここで終わる……。
 どこが妖怪の話なのか、といった感じですらあるが、「おはま狐」も立派な淡海の妖怪である。
 数千種あるといわれる妖怪譚の中でも、おそらく狐や狸が登場する物語が一番数が多いだろう。それは人間の身近にいながら、犬や猫のように家に入ることはなく、常に一定の距離感を保っているからだろう。里山に住む動物が最も妖怪に近い場所にいるのだ。言い換えれば、人の暮らしと人知の及ばない自然との間を、狐や狸は生きる場所としているのだ。妖怪は、そういうグレーゾーンに常に存在している。
 「おはま狐」も人里離れた里山に住んでいた。多分、さみや辻というのは「寂や辻」と字を当てるのだろう。
 不思議なのは、人の気配が無いような、それほどの寂しい場所に、村の人がわざわざ餌を持って通りかかっている点だ。まるで、村中で「おはま狐」の面倒を見ていたようにも感じることができる。
 少し想像を逞しくしてみる。昔から辻は神聖な場所とされ、家で病人が出たら、人知れず辻に油揚げを供えるという風習が全国的にあった。辻に住む狐が病を癒してくれるのだそうだ。狐はお稲荷さんの使いであり、村や田畑を守る象徴でもある。もしかしたら、「おはま狐」も元は、そういった自然神のひとつだったのかもしれない。かつて、人はその恩恵に感謝を忘れることはなかった。
 狐の昔話は数多くあれど、中でも、化けることが出来る狐には、何故か人名のような名前がつけられていることが多い。旧近江町の「コザエモン狐」や長浜の「おはな狐」も化け狐だ。これらは、たまに悪戯をするけど、基本的にはお人よしで人懐っこく、人間と共存しようとしていたように語られることが多い。
 「おはま狐」も村人と共に暮らしていた。村人のために化けることもあったのかもしれない。自然の中、人間と動物が共感し、おどろおどろしくなく、あくまで日常のワンシーンとして語られているのが、なんとも淡海の妖怪らしい。
 この「おはま狐」の物語は、時代とともに自然への尊敬が薄らいでいったことを嘆いている……。
だからこそ、「おはま狐」はさみや辻から消えてしまうしかなかったのだ。

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