ソラミミ堂

淡海宇宙誌 XXXX 台風一過

このエントリーをはてなブックマークに追加 2013年10月2日更新

イラスト 上田三佳

 このたびの「十八号」とその眷属たちには「これまでに経験したことのない」とか「数十年に一度の」とか「特別の」とか、とっておきだったはずのことばをまんまとつぎ込まされました。
 「これまでに経験したことのない昨日」がこう易々と身近に経験されたからには、「数十年に一度の明日」や「数百年に一度の来年」もいたって普通にやってくるのだろう。
 人間の経験という尺度では測りきれないような、気候のおおきな変わり目に差し掛かっているのでしょうか。
 琵琶湖はたぷたぷ太っているし、ずいぶん沖までカフェオレいろになった湖面のこちらには木だの枝だのヨシだのが押し寄せていて、水が引いたらあれらは浜に打ち上がる、週末頃には集落総出でその後始末があるはずだが、といっぱしの村人気取りで仕事の大きさを目分量してぞっとしている。
 ところがそんな漂流物も数十年前「ジェーン」とか「伊勢湾」とかと名前の付いた台風が来た昔には、村人こぞって競ってひろって集めたいほど貴重な燃料資源でありました。
 そんなふうに、かつては「めぐみ」であった置き土産が今ではひとえに「ゴミ」になっているこの百八十度の値打ちのひっくり返りっぷりを思うとき、この間いったい自然と人のどちらがどれだけ変わったのかと言ったら自然はなんにも変わっていない。人が変わった。人とそのいとなみ、そしてまなざしが断然変わってきたのです。
 常なく変わる人の尺度が、それゆえすぐに古びていくのに「太陽 / 月 / 星 / そして / 雨 / 風… / 一ばん 古いものばかりが / どうして いつも / こんなに / 一ばん あたらしいのだろう」。
 台風一過の洗いたて、ケロリとあおい秋の空です。

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