ソラミミ堂

淡海宇宙誌 XXXIX 経験のひと夏

このエントリーをはてなブックマークに追加 2013年9月6日更新

イラスト 上田三佳

 近ごろは、尋常でない降り方の豪雨が迫った際に、「これまでに経験したことのないような」との形容を用いてその恐ろしさを警報するようになりました。
 言い回しに慣れないせいか、今夏はその「これまでに経験したことのない」が列島のあちこちで経験されたという報らせが耳につきました。このような事態自体「これまでに経験したことのない」ことのようです。
 そんなことを思うちなみに、ところで「これまでに経験したことのない大雨」を経験してしまった後で、ふたたび同じ危険が差し迫った場合にはその状況はいったいどのように形容されるべきか。
 たとえばそれがまさに先に経験した「これまでに経験したことのない大雨」を凌駕する大雨である場合にはやはり単にさらに「これまでに経験したことのないような大雨」と言えば済むかも知れないけれど、これが仮に先に経験した「これまでに経験したことのない大雨」と同程度の雨である場合には「先日経験したこれまでに経験したことのないような大雨に匹敵するような大雨」とでも言えば良いのだろうか。
 などと他愛ないことを、たまたま運よく身近に被害に遭ってはいない呑気さから、茶飲み話にしていたわけですが、そんなくだらないはずのことばのたわむれに、ガツンとぶん殴られてハッとした日がありました。
 「これまでに経験したことのあるような」悲惨と愚行はあのひと夏よりのちこのさき決して経験されてはならず、また「これまでに経験したことのない」悲惨と愚行があの経験を後ろへ退け過去へと塗り込めてしまうようなことは絶対にあってはならぬ。
 六十八回目となったことしの八月十五日でありました。

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