ソラミミ堂

淡海宇宙誌 XIX 夜の贈電線

このエントリーをはてなブックマークに追加 2012年1月6日更新

イラスト 上田三佳

 お料理のお手伝いがしたいと言って手こずらせるので、夕飯の支度ができるまでお散歩しようか、ともちかけました。
 それでおもてへ出かかると、玄関先できびすを返して、こわい、と言ってしがみつきます。
 三つの娘を怖がらせたのは、もがり笛。電線の鳴き声でした。
 この辺りではヒアラともヒアラセとも呼ぶ西からの強い湖風が、うぅー、うぅー、と通りの電線を鳴らしている。その音を娘はこわいと言うのです。
 オバケじゃなくて、電線が鳴いているんだよ。あの電線を通って、電気はお家に来るんだよ。お家の明かりに来るんだよ。
 荷車で電柱を運んで来てね、電線で迎えに行って、お客さんみたいにしてね、はじめて電気は来たよ。それが今では召使い。
 だから電気に言ってあげよう。
 いらっしゃい。寒さの中をようこそ我が家へ。ようこそ我が家の明かりまで。
 今日はゆっくり休んでねって、明かりを消して、キャンドルを、今宵は灯もす。
 明かりひとつを消すことが、この子にはこんなに楽しい夜もあります。
 明かりがひとつ灯るのが、涙が出る程嬉しい夜もありました。とりわけ今年は、あの日には。
 この電気、我が家の明かり。
 百年前までなかったもののことを案じて、今年、いま、僕らはこんなに切実で、十万年後も消えないもののことを想って、僕らはこの子に、この子の子にも済まなくて…。
 たとえば今宵、明かりをひとつ消すことが、未来にひとつ灯すこと。
 「節電」なんて殊勝なことではないのだけれど、たとえば我が家で眠らせてやる幾ワットかは、電線の先、誰かに贈るプレゼントだと思いたい。

 

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