ソラミミ堂

邂逅するソラミミ堂30 月が指にとまる

このエントリーをはてなブックマークに追加 2017年9月14日更新

イラスト 上田てる葉

 龍樹菩薩が説いたとされる「指月の譬え」というのがある。

人の指を以って月を指し、以って惑者に示すに、惑者は指を視て、月を視ず。人、これに語りて、「われは指を以って月を指し、汝をしてこれを知らしめんとするに、汝は何んが指を看て、月を視ざる」

 「指」を「言葉」あるいは「方法」に、「月」を「真理」や「真実」に喩え、言葉や方法に囚われて迷い、真理を見損なう者を戒め諭しているのである。
 わたくしのことをみるのではなく、わたくしのみているものをみなさい。
 というやりとりが、これまで、どれだけ多くの師弟のあいだで交わされてきたことだろう。
 そうはいっても、師である人の、月をしめす、その指先のきびしいうつくしさ、月に向かう、その立ちすがたのさびしさのほうに、その人に、つい、見惚れてしまうのだもの。

*  *  *  

 盆にふる里で親族一同が集まると、甥っ子の、こないだつかまり立ちであったのが、きょうはもうよちよち歩いている。
 小さいいとこに会えてうれしいわが娘は、かいがいしく世話を焼きたいのだが、世話を焼きたいじぶんの気持ちが先に立ち、よちよちの後を追いかけまたは前にまわって、手を出しかまってかまってするものだから、いやいやと振り払われ、かつ振り回されて世話を焼けずに手を焼いている。
 その意志が先にあったから生き物は歩きはじめ、あのおもちゃ面白そうと思うから赤ん坊もよちよちあちらへ行こうとする。その子を見るよりその子の視ているものを視るようにしてみなさいと教えたら、それで上手に子守ができるようになった。
 テレビを見ていると、長足の進歩を遂げた人工知能は、人が何かを欲し、意志する前に彼らの方でそれを察して願いを叶え、答えを出してくれるようになる、結構な日が来そうである。
 指すより前に月が指先にとまりに来る。おもちゃの方でヨチヨチこちらをめがけてくれる。
 何かを欲し、意志することすら必要なくなった日に人間は、ついに人間を脱出解脱することになるのかもしれない。

 

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