ソラミミ堂

邂逅するソラミミ堂18 目に目を付ける

このエントリーをはてなブックマークに追加 2016年1月6日更新

イラスト 上田三佳

 あの魚が水中の「猛禽類」だとは、思ってもみなかったけれど、言われてみれば、なるほどそんな風貌をしている。気高くて、精悍な面構え。
 「ビワマスの目が好きなんや」。
 と正吉さんは言った。
 「鷲や鷹と同じ目をしているから」。
 鷲鷹は天空数百メートルの高みにあってもその鋭い目でネズミのような小動物を見つけ出す。悠々と弧を描きつつ狙いすまして、やがて決然と身を翻し、みずから放たれた一本の、直滑降の矢になって彼の獲物を一気に仕留める。
 まさにそのように、ビワマスも水中世界で狩りをしている。覗いて見えたのではない。そんなふうに、正吉さんは仰いだ空に波の下を見ている。
 ものごころつく頃から船の上で遊んでいた。十二、三歳には親を手伝って漁に出ていたというから、七十年近くを湖の漁師として生きてきたことになる。八十一歳。今も真夜中、あるいは未明の闇に漁に出る。
 「ビワマスの目が好きだ」という口ぶりには相手に対する尊敬と憧れ、そして親愛の念がこもっている。それを例えば友情と言い換えてもよい。
 鷲鷹が空中の狩人なら、ビワマスは水中の狩人である。そして、自分はやはり狩人の仲間だ。と正吉さんは思っている。
 だからビワマスはただの獲物ではない。もちろん単なる稼ぎのもとでもない。七十年来の友であり、またはしばしば師であった。
 相手のことを知り尽くしてなおまだ毎日裏をかかれる、裏かく。命と暮らしのかかった日々の漁なのではあるが、その根底には年来の友との遊戯に飽かず興ずるのにも似た、得失を離れた交歓がある。
 その心は熊を神として祀り、弓ひきしぼりつつシカよわたしの兄弟よと呼びかけてきた狩猟の民や、先祖をたどれば狼でありまたカラスであると名のる人の心とむすばれている。あるいはそれが人間と生き物たちとの、もともとのつきあいかたでもあったのだろう。
 自然を相手の漁師は漁師の、目の付けどころが違うのである。

 

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