ソラミミ堂

  • 2013年5月10日

    淡海宇宙誌 XXXV 歯ぎしりの哲人

    イラスト 上田三佳  彼の名はイシウス。ギリシアのルクレティウスやローマのアウレリウス、ましてやルシウスなどとは一切親交はなかったが、やはり見るからに哲人の風貌である。頭の回転はもちろん速い。が、相当の石頭である。いつ出会っても、にが虫をかみつぶしたような、リキんだ顔をしているうえに、ゴリゴリと歯ぎしりするの... 続きを読む

  • 2013年4月8日

    淡海宇宙誌 XXXIV いただきますというゴール

    イラスト 上田三佳  先日、田舎の観光についての会議に招かれました。とりわけ新たな「食」の特産物をどう創るかという話。  豊かな自然と深い歴史と文化があって、食べ物だって素晴らしいものがたんとある。  「あれがある」「これもある」「こんなのもありますナ」「そんならこれも」と数え上げたら、テーブルの上はもういっ... 続きを読む

  • 2013年3月6日

    淡海宇宙誌 XXXIII 愉快な「にゅーみん谷」

    イラスト 上田三佳  美しい水の名の付く駅から川を遡るとその集落に至ります。  かの有名な北欧の妖精の住む谷の名をもじり、村の誰かが冗談めかして言ったのが、言われてみれば確かにそんな雰囲気があるね、わかるねということで、だんだん本当らしくなってきた。  そんな「にゅーみん谷」の人と場所とが大好きでもう何年も通... 続きを読む

  • 2013年2月6日

    淡海宇宙誌 XXXII ふたりでさんぽ

    イラスト: 上田三佳  幼いわが娘とさんぽしていると、娘につられて、道端のほんのちいさなものにも、道すがらのちょっとした出来事にも、ひとつひとつに眼をとめ、足をとめて、驚いたり、感心したりするようになります。   ほらほらテルハ、こんなところに、こんなものがあるよ、あんなところで、だれかがあんなことをしている... 続きを読む

  • 2013年1月7日

    淡海宇宙誌 XXXI 三つの舟

    イラスト: 上田三佳  相変わらず今年もいっぱいの荷物を抱えて、ざぶざぶと年の瀬に足を踏み入れてしまいました。無事渡りきることができるでしょうか。  この一年を振り返っても、またそのもっと以前からのことを考えてみても、自分はいつでも「三つの舟(船)」に乗り継いで来たんだなあと思います。  「渡りに舟」「乗りか... 続きを読む

  • 2012年12月5日

    淡海宇宙誌 XXX 新しい夜に輝く

    イラスト 上田三佳  「文化はめぐみのめぐりあわせである」というのが持論です。  文化にとって一番大事なめぐみは「ひと」だというのも、繰り返してきた主張です。  ひとのめぐみの特徴は、例えば物とかお金といった形のみえるめぐみがどれだけ乏しくとも、あるいはそれが乏しければ乏しい分だけ、その本領を発揮するめぐみで... 続きを読む

  • 2012年11月10日

    淡海宇宙誌 XXIX 九の通りのテルちゃん

    イラスト 上田三佳  猫のマメが僕らの布団に潜りたがるので、いよいよ秋と思います。  僕らが住んでいる集落は琵琶湖に面しているので、秋の終わりから冬にかけてはしばしば、西からの強い冷たい風に曝されます。それをやり過ごす工夫が古くからの町並みに表れている。  湖岸に平行して、集落の端から端まで南北に、バスの通れ... 続きを読む

  • 2012年10月9日

    淡海宇宙誌 XXVIII 彼岸の道

    イラスト 上田三佳  我が家の裏はお寺です。我が裏庭とお寺の境内との間は背高のブロック塀で隔てられています。塀はお寺を囲んで入り組んだ家々との境界線上を鉤型に折れつつぐるりと廻っています。  洗面所、あるいは台所の窓から覗くとブロック塀の天辺がちょうど目線の高さになるのですが、見ていると、いろいろそこを通るも... 続きを読む

  • 2012年8月31日

    淡海宇宙誌 XXVII 記憶の始発駅

    イラスト 上田三佳  ある駅に建て替えの計画があって、近隣の人々が、これからの駅の在り方や使い方について会議を重ねています。先日、呼ばれてお話をしてきました。  さあ、どんな駅を作ろうか。  でも、その前に、百年もそこにある駅について、みんなはどんな思い出を持っているのか。駅という建物はどんなふうにみんなに経... 続きを読む

  • 2012年8月10日

    淡海宇宙誌 XXVI 空のまんなかのほとり

    イラスト: 上田三佳  はるか昔、その「オーストロネシア」の人々が、ながい旅のすえ、この地にたどり着いたのは、どんな季節の、時間はいつごろだったのでしょう。  川をさかのぼり、峠を越え、深い森を抜けて、彼らが、この湖のほとりにはじめて立ったのは、五千年あまり前の、きっと、夏のある日だったのではないか、と思いま... 続きを読む

  • 2012年7月6日

    淡海宇宙誌 XXV 「チ」のつながり

    「りんかく」 上田三佳  「カタチ」という語は「カタ」と「チ」の二つのことばにほどけます。  「カタ」は「型」。モノのすがたや形状のこと。  では「チ」は何か。「チ」の語は漢字で「霊」と書き、カミや自然の威力を意味する国語のなかでは最も古いことばの一つです。  例えば「水霊」は「ミヅチ」と読んで、水の力を意味... 続きを読む

  • 2012年6月8日

    淡海宇宙誌 XXIV ビッショリミドリ

     先日、よく晴れた日曜の朝は、仲間に誘われて、奥伊吹の村を歩きました。  まずは村のはずれまでみんなで行って、そこからは、めいめい分かれて好き好きに歩く。その道すがら心うごかされるものを見つけたら、それぞれ手に手に携えて来たカメラでもってパチリパチリと写真に撮って、あとで互いに見せっこしよう。そんな遊びになり... 続きを読む

  • 2012年5月11日

    淡海宇宙誌 XXIII 未来人の仮説

    イラスト: 上田三佳  土の降り積もった地層から掘り出された太古の暮らしは、現代の考古学によって随分よく見えるようになってはいるものの、はるか昔のお話には、どこか神話のにおいがします。  ということは、はるか先—その頃はもう土の中ではなくて、大容量記憶装置の中に積もった0と1との「知層」から発掘されることにな... 続きを読む

  • 2012年4月6日

    淡海宇宙誌 XXII だんだん祈りになっていた

    イラスト 上田三佳  3月11日、彦根では、幾千ものろうそくを灯して東北を想う催し、「キャンドルナイト」がありました。  ひと月も暦が戻ってしまったかのような、風雨と寒さでしたが、あれはおそらく天与のしつらえだったのでしょう。  あの日に限ってその営みは、ただぬくぬくと幻想的で美しくのみあってはならなかったの... 続きを読む

  • 2012年3月9日

    淡海宇宙誌XXI カランさんの効き目

     節分に追い出したばかりだというのに、やすやすとまた我が家に引き入れてしまっている。  いけないなあ、情けないなあ、と思いながらも、ついその手助けを借りてしまうのは、僕たち親の至らなさです。  鬼のことです。子の躾です。  「言うことを聞かないと、鬼に取って喰われてしまうよ!」とか「こんないたずらっ子は鬼にお仕置... 続きを読む

  • 2012年2月7日

    淡海宇宙誌 XX 幸せの経済学

     年明け早々、大規模な「居合わせ」がありました。  東近江市で映画「幸せの経済学」の上映会。六か月の赤ん坊から八十歳のお爺さんまで会場一杯百八十人。すごい熱気。それもそのはず。あるご年配など「命がけで来た」と仰った。そんな中、みんなで話し合いました。「幸せとは何だろう」って。  地球の全部を巻き込んで、巨大に複雑... 続きを読む

  • 2012年1月6日

    淡海宇宙誌 XIX 夜の贈電線

    イラスト 上田三佳  お料理のお手伝いがしたいと言って手こずらせるので、夕飯の支度ができるまでお散歩しようか、ともちかけました。  それでおもてへ出かかると、玄関先できびすを返して、こわい、と言ってしがみつきます。  三つの娘を怖がらせたのは、もがり笛。電線の鳴き声でした。  この辺りではヒアラともヒアラセと... 続きを読む