本のまちを夢みて

あいたくて書房

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 2015年12月30日更新

 木之本町の北国街道沿いに、「あいたくて書房」という私設文庫ができた。私設文庫……「図書館」でもなく、「本屋」でもないという。
 あいたくて書房は、戦後間もなくに建てられたという古い民家にある。それぞれの座敷に並んだ本棚から好きな本を選び、読むことができる。絵本、古い文庫、その時代の暮らしを刻んだ生活雑誌、存在感のある布張りのハードカバー…。本によっては、借りたり、買うこともできる。不要になった本を、託すこともできる。「なに屋さん?と聞かれるのが一番困るの」と、「木之本虫プロジェクト」の代表で、あいたくて書房のブックコーディネーター、久保寺容子さんは笑った。
 木之本虫プロジェクトは、今年の春、7人の本好きによって結成された。夢は、「木之本を本のまちにすること」。8月にオープンしたあいたくて書房の他に、10月に木ノ本駅の待合室に無人の文庫「まちあい文庫」も設置した。

 「きのもと」の「もと」はBOOKの「本」。そこに集う本の虫。ただの言葉遊びではなく、「木之本のひとは本に親しんでいる」という実感が、久保寺さんにはあった。そしてそれは偶然ではなく、木之本に、現在県下に残るなかではもっとも古い図書館、「江北図書館」があることと関係している。古くから図書館があるこのまちには、50年近く続く読書クラブもある。そんなまちのルーツ、本好きの精神をこの地で受け継いでいこうと、虫プロジェクトは始まった。
 あいたくて書房の蔵書は現在、1500冊ほど。久保寺さんをはじめとする虫プロジェクトのメンバーの蔵書、そして、まちの人に呼びかけて集まった本だという。厖大な量の本を寄贈された方もいれば、2冊、3冊とお持ちになる方もいる。そうした本を久保寺さんが整理して、本棚に入れていく。少しずつ育っていくような、こんな文庫には、本で調べ物をしに行くよりも、本に「会いに行く」ほうがふさわしい。買いに行くよりも、「読みに行く」ほうが理にかなう。そして、本を読まなくても、座敷のちゃぶ台を囲んでおしゃべりしたりしている人たちがいてもいい、と久保寺さんは言う。「本に会うことは人に会うこと。本を開いて自分に会うこと。本が集まるこの場所を通じて人に会ってもらってもいい。本当に、なに屋さんかわかりませんよねえ」
 帰り際、工藤直子さんの詩「あいたくて」が印刷されたカードが置いてあるのに気がついた。子どもの頃、暗唱したこともある詩だった。

あいたくて
だれかに あいたくて
なにかに あいたくて
生まれてきた——
そんな気がするのだけれど

それが だれなのか なになのか
あえるのは いつなのか——
おつかいの とちゅうで
迷ってしまった子どもみたい
とほうに くれている

それでも 手のなかに
みえないことづけを
にぎりしめているような気がするから
それを手わたさなくちゃ
だから

あいたくて

 江北図書館は、明治35年、余呉町出身の弁護士・杉田文彌氏が私費を投じてつくった文庫が、その前身になっている。東京の大学に在学していた杉田氏も、やはり図書館の本で学んだという。故郷のひとびとにも本に触れる機会をという杉田氏の思いが、今の江北図書館につながっている。「私がやっていることはささいなことだけれど、本がここに運ばれてきた物語とともに、新しい人へ手渡していきたい」という久保寺さんの手にも、「みえないことづけ」がにぎられている。

あいたくて書房

滋賀県長浜市木之本町木之本1136
開館日 毎月第1、第3日曜日
開館時間 10:00〜16:00

木之本虫プロジェクトによる木ノ本駅の「まちあい文庫」は、待合室が開いている時間中は、いつでも誰でも閲覧し、借りることができる。

 

店舗等の情報は取材時のものですので、お訪ねになる前にご確認ください。

はま

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