蒔絵に秘められた物語を読む……

漆art風工房 坂根龍我さん

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 彦根市 2009年5月10日更新

蒔絵の手法は、桃山時代に大成したという。

 japanという英単語には、日本という語意以外に、もう一つ別の意味がある。それは漆器。食器や家具など、日用品の一部として僕たちの身の回りに溢れている。欧米では、磁器をchinaと表記するのに対して、漆器は日本特産品の代名詞として捉えられているらしい。
 「日本では、弥生時代の遺跡から漆器が出土することもあります。最初は、木製品の強度を増すために用いられていたようですね。日本人が最も古くから親しみ、多様な方面に進化させ、完成させた工芸の一つなんですよ」。
 彦根市薩摩町の漆芸家で蒔絵師の坂根龍我さん(52)から教えていただいた。
 蒔絵とは、漆で下絵を描き、そこに金や銀の粒子を蒔いて装飾する日本発祥の伝統工芸である。職人は絵柄の濃淡を微妙な力加減で粒子を蒔きわけることで表現し、モノトーンの素材から深い奥行きを生み出す。作り手それぞれの作品世界があり、手作業ゆえにどれも一品物となる。
 坂根さんは、高校を卒業してからすぐに蒔絵の世界に入り、以来、問屋から依頼される職人仕事にあわせて作家としても活動を続けている。
 坂根さんによると、蒔絵の手法は、桃山時代に大成してから、ほとんど変わらない姿で現代まで受け継がれているそうだ。いわば、現在は、そこから派生した亜流の時代であるという。
 「亜流でいいんです。奇を衒って基本を崩すことで新しさは生まれません。これまで同じ手法の中で、それぞれの時代にしか生まれない作品が作られてきました。僕の作っている作品が、今現在の蒔絵のワンシーン。漆作品はそれ以上でもそれ以下でもありません。僕なりにその魅力を多くの人に伝えられたら嬉しいですね」。

坂根龍我さん

 坂根さんが描く図案は、幾何学的な模様より花鳥風月を描いたデザインが多い。一枚の風景画のように、イメージを浮かび上がらせた情景である。蒔絵で一番困難なのは、技術的な面ではなく、限られた漆作品の表面に、どれくらい広大無辺な図案をイメージできるかにかかっているのだそうだ。坂根さんは、音楽や映画、小説などから受けた強い印象を元に図案をイメージすることが多いという。音楽なら、ブリティッシュロックからJ‐POPまで、映画なら、ハリウッドの大作からミニシアター系の作品まで、ありとあらゆる現代を自分の内側に取り込み、それを蒔絵に昇華する。
 「古典芸能なども好きですね。特に、落語は最後にオチがあるところがいい。そうか、この話はこういうことが言いたかったのかという発見や感動は、蒔絵によく似ているんですよ」。
 一枚の画面に目を凝らすと、竹やぶの向こうに狸の尻尾が見えていることや絢爛な花の上につがいの鳥がいることに気付く。それだけで、蒔絵の作品世界はぐんと広くなる。そこから一つの物語がはじまることだってある。
 特に坂根さんは、作品によく月を描く。昼間の太陽と違い、多様な表情に見えるのが好きなのだそうだ。温かかったり、冷たかったり、優しかったり、怖かったり……、500年前から変わらずにある蒔絵のワンシーンである。
 僕は坂根さんの描く蒔絵の物語をもっと深く読んでみたいと思っている。漆器に描かれた、彦根発の今の物語だったりするのかもしれない。

漆art風工房 坂根龍我さん

滋賀県彦根市薩摩町1391-2 / TEL: 080-6117-5904

*アクセサリーや茶道具など小物のオーダーメイドについては坂根さんにご連絡ください。

店舗等の情報は取材時のものですので、お訪ねになる前にご確認ください。

水源

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