子どものころに信じていた世界

奥 隆子さん

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 彦根市 2015年6月2日更新

 ごく幼い子どもの頃、夢と空想と現実は、お互いもっと近しいものだった。現実と空想が混ざり合った夢を見たし、夢の続きを現実に空想した。自分にしか感じられない姿や音もあったように思う。自分にしかわからないし、いつでも感じられるわけではない。けれど自分だけに感じられるからこそ、大切だった。
 「ローズとライオン -まほうのだいぼうけん-」という絵本を読んだ時、そんな子どもの頃の感覚を思い出した。ある夜、ローズが窓からのぞいていると、魔法の国からやってきたライオンたちが海にあらわれる。そのなかの一匹にローズが飛び乗ると、ライオンは空高く舞い上がる。星座の間を無尽に駆けめぐる宇宙の冒険がはじまる……
 アメリカ人絵本作家デイビッド・T・グリーンバーグがアンリ・ルソーの「眠るジプシー女」にインスパイアされて書いた物語だ。この5月に、彦根市在住の奥隆子さんの翻訳で、日本で初めて出版された。
 奥さんと絵本との出会いは、2年前になるという。つらい気持ちで出た旅先で、奥さんはふと、「人生には限りがある。私は夢を叶えよう」と思った。奥さんにとっての夢は、「翻訳家になること」。国語科教師として働きながら、子どもの頃から憧れてやまなかった英文学を通信教育で学び、英語科の教員免許も取得した。そしてその先にあったのが、幼い頃からの、翻訳家の夢だった。

 すぐに、翻訳できる作品を探し始め、出会ったのが「ローズとライオン」だった。「ひとめぼれでしたね」と奥さんは振り返る。流れるような文章、夢見るような世界観、不思議で美しい絵に魅せられ、「絶対にこの本を翻訳したい」と思った。
 出版が決まり、奥さんは英語で書かれた原文の翻訳に取りかかった。詩のような原文のリズム感や雰囲気を損なわないように言葉を選び、子どもにも伝わるように和語を用い、擬音語や擬声語を入れて分かりやすくすることを心がけながら、時間をかけてじっくり訳した。一つの言葉について何日も考えることもあったという。翻訳をしながらいつも頭にあった「日本語の美しさ、日本的な美しい感性を伝えたい」という思いは、教員をしていた頃から大切にしてきたことだった。

 本ばかり読んでいる子どもだったという奥さんは、ファンタジーの世界が大好きだった。「目に見えない、不確かな世界を信じる心は、子どもの頃には誰もが持っていたものだと思う。そんな、子ども時代に置いてきてしまったことを思い出せる物語。かつて子どもだったすべての人に読んでほしい」と奥さんは話してくれた。
 眠りながら見る「夢」と、将来の「夢」がなぜ同じ言葉なのか、ずっと不思議だった。通じることがあるとすれば、どちらもその人にだけ感じられるということと、感じたことを信じることで近づけるということなのかもと、奥さんと話しながら思った。

ローズとライオン −まほうのだいぼうけん−

デイビッド・T・グリーンバーグ作 クリスティーナ・スワーナー絵 おくたかこ訳
発行:バベルプレス 1,500円(税別)
天晨堂 ビバシティ ブックセンター、サンミュージック、宮脇書店、太田書店、平和書店アル・プラザ彦根店、& Anne、半月舎などで販売中(順不同)

店舗等の情報は取材時のものですので、お訪ねになる前にご確認ください。

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