政所 茶の味

山形 蓮さん

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 東近江市 2014年6月13日更新

山形 蓮さん

 5月半ば。以前DADAでも記事を書いていた山形蓮さんに会いに、鈴鹿山脈の山間にある政所をはじめて訪れた。政所がこんなにきれいなところだとは知らなかった。見渡す限り緑の山、澄んだ水が岩壁を濡らす谷、茅葺き屋根の集落、斜面をもこもこと覆う茶畑、川の音が聞こえるばかりの静けさ。絵に描いたような田舎の風景が現存している。
 山形さんは、4月から「地域おこし協力隊」として政所に住んでいる。山形さんが暮らす古民家を訪ねると、にんまりとした笑顔で迎えてくれた。
 ハクビシンが家を荒らすとか、コンビニへは車で20分以上かけて行くとか四方山話をしながら、山形さんは緑茶を淹れてくれた。まず沸かしたお湯を湯のみに注ぎ、じっくりじっくり冷まし、茶葉の入った急須に注いで、またじっくりじっくりお茶を出し、もう待ちきれないなと思うころ、ようやく湯のみにお茶を注いでくれた。政所に来てから習った淹れ方で、15分くらいかけるひともいるのだという。どこか甘くてほろ苦い、政所茶の味を味わった。

 山形さんの茶畑を見せてもらいに外へ出ると、道すがら、グランドゴルフに向かうご老人から「今日も来るのか?」と声がかかる。先日行われた大会で、山形さんもグランドゴルフデビューしたのだという。「茶畑行って来る」とこたえる山形さんの言葉に、「ちゃばたけ」ではなく「ちゃばた」というのだと知る。
 案内された「ちゃばた」は、踏むとふかふかの、土のよい香りが立ち上る畑だった。畑を貸してくださっている方に指導を仰ぎ、この畑でお茶づくりに挑戦して2年が経つという。草をひいたら根に付いた土まできちんと落とすことや落ち葉の一枚も無駄にせず肥料にすることなど、茶畑づくりの初歩の初歩から教わり、政所茶の歴史を教わりながら畑を育ててきた。

 「自分自身コーヒー党だったし、お茶のことはよく知らなかった。でも、最初から本当にお茶好きだったら、お茶が好きな人にしか伝わらない話しかできなかったと思う」と山形さんは言う。お茶にまつわる尽きない話を聞きながら、茶畑を見て歩いた。
 政所でつくられる鮒寿しがなぜかとてもうまい、という話を聞きながら歩いていたとき、ふっと気温が下がるのを感じた。川と川の合流点が近いせいか、そこだけ明らかに空気の流れが違う。風が集まっている。山の匂いが下りてくる。ここは特別な場所だと思った。

 山形さんとわかれ、「下界」に下りても、心はまだ山にとどまりたがっているのを感じた。今ごろ政所も日が暮れているだろうなと思いながら、夕方、歩いて駅に向かった。アスファルトを走る車の音や改札の電子音がやけに大きく感じられて、私たちの暮らしにしみ込んでいる音の多さに、今さら圧倒されそうになる。

 風の合わさるあの特別な場所には、ひたすらせせらぎの音が流れているだろう。そう思うと、口のなかに茶の味がよみがえった。

はま

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