「井伊直政」を含む記事一覧

  • 2018年2月13日

    湖東・湖北 ふることふみ41
    井伊直政命日法要 まち・文化

    昨年の命日法要の様子  慶長7年(1602)2月1日、井伊直政は居城佐和山城で生涯を閉じる、享年42歳。死因は1年半ほど前の関ケ原の戦いで島津義弘を追跡しながら受けた鉄砲傷による破傷風だと言われてきたが、近年では直政は関ケ原直前に高熱を発し、このために軍監の任に本多忠勝を加えるなどの対策が行われたことからも関...  続きを読む

  • 2017年12月25日

    湖東・湖北 ふることふみ 40
    井伊家千年の歴史(23) まち・文化

    直虎終焉の地・松岳院跡  『おんな城主 直虎』の放送も無事に終了した。一旦区切りとなるので今稿では放送前に大きな問題も提示されていた件について私説を書いてみたい。  井伊直虎は男性である。そんな説がまことしやかに発表されたが現在はほぼ否定されていると考えても差し支えない。一番の理由は男性説の証拠となる史料が1...  続きを読む

  • 2016年2月22日

    湖東・湖北ふることふみ18
    井伊家千年の歴史(4) まち・文化

    六角氏居館・小脇館跡  保元の乱の時に少しだけ名前が登場する井八郎が、源義朝に従いその後も井伊家が源氏に味方していただろうとの可能性を前稿で記した。今稿からは鎌倉時代の井伊家を紹介して行こうと思う。  鎌倉幕府は公式記録として『吾妻鏡』を記し、当時の情勢を現在に伝えている。『吾妻鏡』の中に井伊家に関わるであろ...  続きを読む

  • 2010年2月15日

    百間橋の記憶 まち・文化

    又十屋敷に残る「百間橋」の柱  豊郷町といえば、日本各地で活躍した近江商人を数多く輩出している地として知られている。そのひとりが藤野喜兵衛喜昌(きへいよしまさ)である。幕末、12歳で単身北海道へわたった喜兵衛は呉服店に見習いとして住み込み、その後「柏屋」という屋号と「又十」の商標で独立開業する。そのかたわらで...  続きを読む