3.11 東北にろうそくのあかりとともに流れた時間
今年の3月11日を、滋賀県立大学の学生6名は宮城県南三陸町歌津田の浦の小さな漁港で迎えた。
昨年8月、建築を学ぶ学生たちが、被災した漁港に漁師さんたちの休憩や作業に使う番屋を建てたことがきっかけだった。以来毎月、先生や学生数名が田の浦へ通っている。 秋からは、漁業復興までの間浜の女性たちに仕事をと、学生と田の浦の女性が一緒になり「田の浦ほたてあかりプロジェクト」を立ち上げ、年末には、お寺などから出る和ろうそくの燃え残りと、ホタテの貝殻を組み合わせたエコキャンドル「田の浦ほたてあかり」が誕生した。田の浦の仮設住宅の一室で商品を製造、学生たちが滋賀で営業を行う日々が始まった。
だから、3月11日に田の浦漁港でキャンドルナイトをやろうと計画したのも、「復興」や「鎮魂」をうたうのではなく、日ごろお世話になっている田の浦の人たちにキャンドルの明かりのもとで思い思いの時間を過ごして欲しいと思ってのことだった。
朝、浜で準備を始めると、顔見知りの漁師さんが一人また一人と様子を見に来てくれた。「手伝いがいるんだったら言ってくれれば皆来るからっさ」と、真剣にそう言う。「じゃあ荷物運びを……」とお願いすると、皆に召集をかけてくれ、軽トラックが続々と集結した。看板づくりや設営を手際よくしてくれることはもちろん、何もすることが無くても焚き火を囲んで浜にいてくれたことが嬉しかった。
雪マークの天気予報に反して青空になった14時半ごろ、浜に人が集まり始めた。花束が抱かれている。ふと見ると海ぎりぎりのところに田の浦の人たちが小さく輪を作っていた。真ん中にほたてあかりが灯されている。お焼香の列に私たちも混ぜていただき、一緒に海へ黙祷をささげた。黙祷後、海を見つめる姿には、それぞれの心に思い出されている1年前の、そして1年間の光景がにじんでいるようだった(私もにじんでいる)。
日も暮れかけるころ1,000灯のキャンドルが灯り始めた。人工の明かりが一切ない漁港にキャンドルの明かりが浮かび上がる。ゆっくりと時間の流れる1日だった。
田の浦はこうやって、丁寧に時間を積み重ねてきたのだと思う。そしてこれからも、そうあって欲しい。だからこそ田の浦に、東北に想いをよせる私たちもそのことを忘れないでいたいと思う。
実は、3月11日までの忙しさのおかげでプロジェクト内には活気があった。それをいいことに、どんどん前を向いて進むことばかりを考えていた自分がいた。震災後、「早いこと」「前進すること」そればかりが前面に出る。
丁寧に時間を積み重ねる田の浦の人たちの姿勢に今大事にしなければならないものは何かを考えさせられた。
だから、前に進むことができるのだ。
追伸
ほたてあかりを支え灯していただいた皆様に、この場を借りてお礼申し上げます。本当にありがとうございました。そして、これからも息の長いご支援をお願いいたします。
田の浦ほたてあかりプロジェクト
山形 蓮
【編集部】