偏愛 カロム盤&玉

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 彦根市 2011年10月17日更新

 僕はカロムを偏愛している。偏愛だから理由は無い。但し、偏愛だからと言ってカロム盤を抱いて眠るようなことはない。ゲームも好きだが、考えるのが面白い。何故、カロムの玉のパッケージが無いのか?(考えても判らないけど考える。)何故、あんなに収納に不便なデザインのままなのか?(これも考えても仕方がないけど考える。)
 先日、彦根のカロム友達の井戸真也さんに古いカロムの玉を見せてもらった。それは、手作りでちゃんと箱に入っていて、作者の名前も入っていた。
 玉は赤12個、黒11個、王1個、手玉4個、そしてひと際大きな玉が1個という組み合わせだ。カロム盤に関しては、所有者と製造年の墨書があり、時代を遡る手がかりが残されているが、玉に関しては、どれくらい昔のものなのかは判断する術が無い。玉は失われやすく、盤と共に玉を見つけることはほとんど無い。古い玉が1セット出てきたのはこれが始めてと言っていい……。今後、玉に関しても収集の必要を感じている。玉もまた実に魅力的なのである。
 今回見せていただいた玉を便宜上「井戸家の玉」と呼ぶことにする。井戸家の玉は、玉の側面が着色されていることから、円筒の棒の表面を着色し切断して作ったのだろう。黒玉は更に断面にも着色を施している。面白いのは、玉には穴が空いており、数から判断して手玉に使う黒玉には紙を丸めてその穴に詰めてあり区別をしている点である。
 大正から昭和初期にかけて輸入されていたカロム盤には穴の空いている玉が使用されていたり、岩手県で現在も「闘吸盤」という名前で遊び継がれているカロムの玉にも穴は空いているのだが、井戸家の玉ほど小さくは無い。
 不思議なのは、ひと際大きな玉である。この玉は何に使ったのか全く見当がつかない。現在、ジャックと呼ばれている玉は「王」と墨書されているので、ひと際大きな玉の用途が解らないのだ。確かに、海外のカロムは手玉は大きなものを使うが、井戸家の玉には明らかに手玉と判断できるものがあるので、ひと際大きな玉は、ゲームを面白くするための障害物として使用されたか、ルールそのものが現代とは異なっていたかである。
 今、僕は興奮しているので、この程度のことしか思い浮かばないが、落ち着いて見つめ直し玩弄しているうちに何か思いつくだろう……。
 ところで、彦根のカロム盤のルーツだが、『カロムロード』(淡海文庫10/杉原正樹編著/サンライズ印刷出版部/1997)から14年……。インターネットを使えば様々なことを知ることができる時代となった(真偽は確かめなければならないが)。当時も推測していたことだが、カナダのカロム盤「ピシュノッツ」のデザインが彦根のカロム盤に近い。近々、手に入れる予定をしているので、玉のことも含め報告することにする。

 

小太郎

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