妖怪は「畏い」
「淡海妖怪学波」で地元の妖怪をコレクションしているものだから、夏になると問い合わせがある。大抵が「恐い話をしてください」というものだ。
妖怪はそれ自体、得体の知れない「何か」だから、随分と恐いと思うのだが、期待されている「恐い」というのは、どうも違うらしい。
相手への畏敬の念によるもの「畏怖」ではなく、自分に危害の及ぶ可能性のあるものや、怨念のような身の毛もよだつようなものだ。
そこには尊敬がない。
僕は、妖怪の存在そのものがリスペクト(尊敬)に値すると思っている。それを生み出した人の想像力、それが存在すると認めた別の人も凄いと思う。そして、全国的にも認知されているというのがまた凄い。
昨夜、友人が蝉の声の話をしてくれた。
「蝉の声に聴き入っていると、どんどん辺りが静かになっていく」。
そういう境地にしか妖怪は現れてくれないのではないだろうか。
だから、妖怪は畏いのである。
【小太郎】
スポンサーリンク
この記事へのご意見・ご感想をお寄せください
コメント投稿にあたってのご注意
- 誤字・脱字等は、修正させていただく場合がございます。
- 当サイトに不適切なコメントと判断される場合は掲載いたしません。
- ご投稿いただいたコメントへ編集部からは返信いたしません。ご質問の場合はお問い合わせからお願いいたします。