勧請縄のある風景

高月町森本の弓引きと大綱引き神事

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 高月町 2010年4月19日更新

 湖北で勧請縄(かんじょうなわ)が見られるよと教えてもらい、3月21日冷たい雨の降る日、高月町森本に向かった。
 勧請縄は湖南や京都、奈良などに残る風習で、集落の魔よけとして村の出入り口を横切るように縄を吊ったのが由来とされる。現在は集落内の神社に縄がかけられ、1年に一度その縄を付け替えるところが多い。お正月飾りの注連縄(しめなわ)と似ているが、勧請縄の付け替えは1月以降が多く、注連縄が鳥居にかけられるものに対して、木にかけるといった点で異なっている。DADAエリアでは高月町森本に勧請縄の風習が残っている。

 勧請縄といっても、地域によって呼び名や内容が異なる。湖北にはオコナイという五穀豊穣を願う風習があるが、それを想像するとわかりやすいかもしれない。カタチは異なるが、集落の安全や発展を祈願する儀式という目的においては同じだ。
 森本神社の勧請縄の付け替えでは、弓引きと大綱引きという神事が行われる。
 森本の勧請縄の由来は定かではない。なぜ森本にだけあるのかもはっきりとはしない。連綿と続いてきた、それだけがはっきりしている。
 伝統を受け継ぐ難しさはあちこちで聞かれた。森本に農家がいなくなって、縄の原料となるわらが地元で手に入らない…、少子化で男児がいない…。
「いつかこの縄も本物じゃなくてレプリカになるんちゃうかな…」。太い縄をなうのは力を合わせての大仕事で共同作業だ。縄をなう技術と勘どころを受け継ぐのも大変だが、それよりも心配なことは多い。

 いっこうに天気は回復する気配はなく、つかの間の少雨をみはからって最後の大綱引きが行われることになった。集落を巡回しながらではなく、神社近くでのみと変更された。女性側に男性も混じる。いつの年も豊作がいいという願いのあらわれだ。数回の勝負を経て、女性側の勝ちが決まった。はしごを使って縄が木にかけられる。1年を通して縄が切れたことは一度もないと誰かがいえば、いや大雪のときに切れたでという声がする。
 神事は淡々と進んでいく。
危惧する言葉もそこそこに、男性は酒を酌み交わし、古老は弓の引き方を子どもに教えている…。神事によってのみ集落に受け継がれるモノがある。一日森本の人たちのそばにいて、ようやく私は気づいた。

 

弓引きは勧請縄とは別行事だがいつしか同日に行われるようになったそうだ。弓引きは、2人の小学生男児が、神社の拝殿から参道に置いた的に弓を放つ。元服にちなむ行事で、弓引きを行うことで成人と認められる。的の真ん中の黒丸には下に「鬼」と記されていて、そこを狙って矢を放つことで厄除けも意味する。弓引きが終わると大綱引きが始まる。朝のうちに作っておいた太さ約20㎝、長さ約18mの縄を使って、集落の辻々で男女に分かれて大綱引きをする。女性が勝つとその年は豊作とされる。大綱引きを終えた縄は、当年の村の守護神として神社の神木にかけ渡される。

店舗等の情報は取材時のものですので、お訪ねになる前にご確認ください。

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