多賀座 600年目の邂逅

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 多賀町 2018年8月27日更新

 8月19日、京都市伏見区の御香宮神社 能舞台で200人を越える観客に見守られ、「近江猿楽多賀座」(以下多賀座)の奉納公演が行われた。
 『看聞御記』の応永25年(1418)の記述に、「九月十日法安寺猿楽見物の事。男共令見物。近江猿楽未満寺云々。御香宮猿楽同前」とある。法安寺・御香宮で近江猿楽未満寺座(以下みまじ座)が演能したという記録だ。ちょうど600年前のできごとである。『看聞御記』は、伏見宮貞成親王の日記で、1416〜1448年の朝廷の諸行事、政治・社会の動静や能・狂言などの芸能、風俗、市井の雑事に至るまで記されており室町中期の一級史料である。

 猿楽ははるか平安時代に生成し、鎌倉時代後期から室町時代に隆盛を極めた日本の伝統芸能で、室町前期以後は現在の能楽の古称として用いられてきた。能が狂言とともに能楽と総称されるようになったのは明治以降のことである。
 室町時代、近江には6座(山階・下坂・日吉・敏満寺・大森・酒人)があり、みまじ座は多賀社に奉仕する敏満寺を拠点とする猿楽者集団であった。『申楽談儀』には「近江は敏満寺の座、久座也」とあり、近江猿楽6座のうちみまじ座は最も歴史ある座である。『申楽談儀』は、世阿弥の芸談を筆録した能楽の伝書、芸道論である。みまじ座が最後に文献に登場するのは天文19年(1550)、『近江国守護奉行人連署奉書』(多賀大社文書)に記述があり、文献上みまじ座は132年の間活動していたことになる。
 多賀座は、平成5年(1993)、みまじ座の所在地が敏満寺にあったことを創座の由来とし、地元有志約20人で結成された現代の猿楽集団である。ちょうど25年前のことで、小学3年生~72歳までの約30人が毎週金曜日に集まり、今も稽古に励んでいる。

 多賀座の目的は、「猿楽とくに近江猿楽の研究と地域伝統芸能の研究を行い、猿楽座を復興させ、さらに新しいものとの融合等による新猿楽を創造すること。そしてその活動を通して地域の振興に寄与すること」にある。
 創座当初、東京から和泉流狂言師故五世野村万之丞師の指導のもとに3年間、「大田楽」を多賀大社の万灯祭などで上演してきた。現在は「大田楽」を基礎に、独自の演目「延年風流」の創作に挑戦している。「延年」とは、鎌倉時代、大寺院の法要のあと、演じられた芸能。「風流」とは、趣向を凝らしたきらびやかな造り物や衣装、また、それらを用いて練り歩き舞い踊ることである。多賀座では、民俗芸能を中心に様々な趣向のものを融合し「演じて楽しい、見て楽しい」独自の猿楽(芸能)を目指している。
 御香宮神社での奉納公演は2017年6月、1本の電話から始まった。『看聞御記』の一行にも満たない記述を頼りに奉納公演ができないかと問い合わせたのだ。御香宮神社は、600年以上連綿と続く伝統神事「御香宮神能」で知られる由緒ある神社である。神能の歴史は、能楽の先行芸能である「猿楽」に起源がある。神能と同じ観客席の設えと神社ばかりでなく神能会、伏見区の全面的協力が得られることになった。
 知る人はほとんどいないが、2018年の御香宮神社奉納公演は、歴史に残る多賀座の記念すべき事業だったのである。200人を越える観客数は、参拝に訪れた人々はカウントされていない。そろそろ官製ではない自分たちの足元の文化を見直す時期なのではないだろうか。そんな気がしている。

 

取材協力: 近江猿楽多賀座付属芸能研究所 所長・狂言研究家 山口正明さん

参考

『創立20周年記念 近江猿楽多賀座二十年のあゆみ』(近江猿楽多賀座発行 2014年)

多賀座

お問い合わせ TEL: 0749-26-0286(山口)

店舗等の情報は取材時のものですので、お訪ねになる前にご確認ください。

小太郎

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