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半月舎だより 11

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 2017年8月18日更新

古本の師匠

 最近、開店当初の写真を見る機会があった。現在約三千冊ほどの本に埋め尽くされている半月舎の本棚だが、店を始めた頃の写真をまじまじ見ると、棚はすかすかでなんだか心もとなく、「よくこれで『古本屋です』とお店をはじめたものだなあ」と、今にして思う。おそらく、最初に棚に並べた冊数は500に満たないほど。けれども、「棚がすいてて繊細なあの雰囲気がよかったのに」と惜しがったり、懐かしがってくれるひともいて、わからないものだな、と思う。もちろん今のほうがお客さんは来てくれるし、わたしもこれでいいと思っている。
 「店を始めるときは、自分の蔵書を並べたの?」と訊かれることがある。実際そういう古本屋もいるそうで、自分が好きで買い集めた本ばかり並べるのだから、そんな店の最初の棚は、きっと素敵だろうなと想像する。
 しかし、店を始めた時わたしは20代なかば、学校を出たばかりで、お金はなく、物欲は果てしなくあった。自宅の本棚に、手放してもいいと思える本など10冊もなかった。
 それでもなんとなく店の棚を埋められるほどの本があったのは、「古本屋をしたいな」と口に出したら、「古本屋をやめます」というひとと出会ったからだ。Fさんというそのひとは、当時、京都で友人と3人で経営していた古本屋を半分脱退し、彦根で働いていた。そして、海外に留学するので、店に残してきた本を引き上げ、処分するというのである。「よかったらうちの本を買い取りますか?」と願ってもない申し出に、京都のFさん宅へ、喜んで赴いた。日を分けて何度かお邪魔し、毎回、本が詰まった段ボールで後部座席を埋め尽くして、彦根に帰った。Fさんからの買い取りが、わたしの初めての買い取りになった。
 本を段ボールに詰める作業を一緒にしながら、古本と古本屋について右も左もわからないわたしは、Fさんにいろいろな質問をした。販売価格や買い取り価格はどう決めているのか? どうしたらこの先、本を集められるのか? 在庫の管理方法は? お店を始めるについて気をつけることは?…自分が何を知らないのかもわからない状態で、わたしなりに必死だったと思う。
 Fさんはひととおり基本的なことや、Fさんの経験からわかったことなどを教えてくれた。けれど、たいてい最後に、「まあでも、自分の店だから、好きにしたらいいと思うよ」というような、励ましなのか、はぐらかされているのかわからないようなことを言った。
 しかし「あと、古本屋にはほんとにいろんな人が来るから、驚くと思うよ〜」などというのんきなFさんの言葉を聞いていたら、わたしも「そんなもんかな〜」という気持ちになってきて、そんな気分はいまでも半月舎に流れているような気がする。
 Fさんが留学から帰ってきてから数度会ったが、ここ何年かはご無沙汰している。何度目かFさん宅にお邪魔したとき、Fさんは「最近、占いの勉強をしている」と言った。「占ってほしい?」と訊くので、「占ってほしいです」と言って、生年月日などを伝えたが、占いの結果はまだ聞けていない。
 たとえ棚を満たすのに十分でなくても、Fさんが本を譲ってくれなかったら、『古本屋です』とお店を始めることは到底できなかった。質問の答えをはぐらかされてもの足りない気持ちになっていたが、「古本屋をはじめたら、勝手に本が集まってくるよ」などというFさんのことばは、今のわたしをぴたりと言い当てるように、時々よみがえってくる。それこそ占いのように。
 そんなFさんを「古本の師匠」とこころの中で呼んでいるが、たぶん、先方はなんとも思ってない。それでもいいが、いつか、あの時の占いのこたえをきけるだろうか。

M

編集部

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