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半月舎だより 4

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 彦根市 2016年12月5日更新

どんな本でも引き取っています

 「どんな本を引き取っているか」とよく訊かれる。多くの古本屋には専門の領域や得意なジャンルがあり、それに合わせて本を引き取ることが多いのだそうだ。しかし、古本屋で修行経験もなく、古書市場に仕入れにも行っていないわたしには、専門領域も得意ジャンルもない。小さな店舗に、どんなジャンルの本も引き取って詰め込んでいる。さすがに最近の大ベストセラーやビジネス書、ハウツー本のたぐいまでは置き切れないので、そうした本の引き取りについては、お客さんと相談させてもらうことになる。
 しかし、90年代前半くらいまでに発行されたビジネス書やハウツー本、それから、疑似科学などについての本には、その当時独特の雰囲気が楽しめるものもあり、しばしば引き取らせてもらっている。そういう本は、いきいきと生々しく、ときに猥雑に、当時の雰囲気を教えてくれる。それが楽しく、同じような理由で雑誌もよく引き取るのだが、果たして売れるのかというとそれはべつの話だ。しかし「引き取られなかった本はもう捨ててしまおうと思う」などと持ち主の方のことばを聞いてしまうと、運べば重く、棚に入れれば場所をとる、そんなことは分かっていてもつい持ち帰ってしまう。
 そんな、古いビジネス書の一冊としていつか引き取らせてもらった本に「名言随筆 サラリーマン ユーモア新論語」という本があった。昭和30年に初版、大阪の「六月社」という出版社から発行されている。著者は福田定一。経年劣化がはげしく、地には虫食いもある。何年も留守にされていた古民家から引き取らせていただいたもので、引き取りの際はわたしも舎主もほこりだらけで作業をした記憶がある。
 内容は、サラリーマンに向けた金言とそれにまつわる随筆。タイトルにつける言葉としては古くさいだろう「ユーモア」という単語が使われているところや、「論語」を持ち出しているところを気に入っていた。実際、著者は序章で「儒教のバイブル『論語』が、江戸サラリーマンの公私万般におよんだ金科玉条であった」と述べており、第一章では「サラリーマンの元祖」として鎌倉幕府の草創期に役人として腕をふるった「大江広元」の座右訓を紹介しており、歴史に通じているようすだ。
 しかしこの本は何年も半月舎の棚にあり、売れる気配はまったくなかった。仕方なく、棚の本を入れ替えた際に、棚から一時退避させ、雑多に積んであった。
 ところが先日、つい最近顔見知りになった古本に大変くわしいひとが、いつになく慌てながらわたしに駆け寄り、「これは非常に貴重な本ですよ」と教えてくれた。「ある有名作家がデビュー前に書いた本です」と、聞いたその作家の名前にわたしは心臓が止まるかと思った。
 最終章の「あるサラリーマン記者ー著者の略歴ー」の冒頭にはこうある。「私は、新聞記者(産業経済新聞社)である」…産経新聞の記者、大阪、歴史に精通している…そう、福田定一とは、司馬遼太郎の本名だったのだ。
 「どんな本でも」と言いながら引き取ってきてよかったと、どきどきしながら思った。

M

編集部

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